大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和53年(行ウ)13号 判決

原告 鈴木正幸

被告 浦和税務署長

代理人 櫻井登美雄 岩田栄一 中島重幸 佐藤恭一 ほか二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  原告の昭和五〇年分所得税について、被告が昭和五一年一一月二五日にした更正処分を取消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告

主文と同じ

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和四九年一二月一三日、株式会社山本建設(以下「山本建設」という。)に対して、別紙物件目録記載の土地を代金一億三一〇八万八一〇円で譲渡した。

2  原告は、昭和五一年三月一〇日、昭和五〇年分所得税について、前項の譲渡が租税特別措置法(昭和五一年法律第五号による改正前のもの、以下「措置法」という。)三一条の二第一項の「特定市街化区域農地等の譲渡で当該特定市街化区域農地等を宅地の用に供するためのもの」に該当するとして、所得税額を一七八八万六四〇〇円として確定申告した。

3  ところが、被告は、右申告に対し、昭和五一年一一月二五日、別紙物件目録三、四記載の土地(以下「本件土地」という。)について、農地法五条一項三号の届出がされていないから措置法三一条の二の要件を具備していないとの理由でこれを否認し、右否認部分に対し、更に納付すべき本税の額を四四九万五〇〇〇円と更正し(以下「本件更正処分」という。)、過少申告加算税の額二二万四七〇〇円及び本税の額に対し昭和五一年三月一六日から納付した日まで年七・三パーセント(同年一二月二六日から一月を経過した日以後は年一四・六パーセント)の割合による延滞税を賦課する旨の決定をし、その旨原告に通知した。

4  そこで、原告は、昭和五一年一二月一三日、右各処分について異議を申し立てたが、被告は昭和五二年三月一日右異議申立を棄却し、更に原告は、同月二九日国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は、昭和五三年五月一七日審査請求を棄却する旨裁決し、同裁決は同年六月二七日原告に送達された。

5  しかし、被告の本件更正処分は、後記三のとおり措置法三一条の二第一項の解釈を誤つた違法なものであるから、その取消を求める。

(なお、右以外に違法理由があることは主張しない。)

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

(認否)

請求の原因1から4の事実は認める。

(被告の主張)

1 本件更正処分の内容

本件更正に係る所得金額のうち、分離課税による長期譲渡所得の金額の計算は、次のとおりである。

(一) 収入金額 一億三一〇八万八一〇円

右金額は、原告が山本建設に対し、別紙物件目録記載の土地を売り渡した代金である。

右土地のうち、措置法三一条の二第一項に規定する特定市街化区域農地等を譲渡した場合の長期譲渡所得の特例適用分は同目録一、二及び五記載の土地であり、その譲渡金額は合計三二一八万三五六二円であり、右特例適用外の土地(本件土地)の譲渡金額は合計九八八九万七二四八円である。

(二) 取得費 六五五万四〇四〇円

右金額は、長期譲渡所得の金額の計算上収入金額から控除する取得費として、措置法三一条の三の規定により、当該収入金額に一〇〇分の五を乗じて算出した。

右金額のうち、措置法三一条の二第一項に規定する特例適用分の取得費は一六〇万九一七八円であり、右特例適用外の取得費は四九四万四八六二円である。

(三) 譲渡費用 四〇四万六九〇〇円

右金額は、原告が株式会社鈴木建設設計事務所に支払つた測量費一四万六九〇〇円及び株式会社橋本不動産に支払つた仲介料三九〇万円の合計額である。

右金額のうち、措置法三一条の二第一項に規定する特例適用分の譲渡費用は九九万五五三七円であり、右特例適用外の譲渡費用は三〇五万一三六三円である。

(四) 特別控除額 一〇〇万円

右金額は、措置法三一条二項に規定する特別控除額である。

(五) 所得金額(分離課税による長期譲渡所得金額) 一億一九四七万九八七〇円

右金額は、前記(一)の収入金額から同(二)の取得費、同(三)の譲渡費用及び同(四)の特別控除額を各控除して算出した。

なお、右金額のうち、措置法三一条の二第一項に規定する特例適用分の所得金額は二九五七万八八四七円であり、右特例適用外の所得金額は八九九〇万一〇二三円である。

2 過少申告加算税の賦課決定

被告は、国税通則法六五条の規定に基づき、本件更正処分により増加した所得税額(本件更正による所得税額二二三八万一四〇〇円と確定申告による所得税額一七八八万六四〇〇円との差額金四四九万五〇〇〇円)を基礎として一〇〇分の五の割合による過少申告加算税(国税通則法一一九条の規定により一〇〇円未満の端数金額を切り捨てる。)を賦課決定した。

3 本件更正処分の根拠

(一) 措置法三一条の二第一項は、個人がその所有する土地等を譲渡した場合において、その譲渡が特定市街化区域農地等の譲渡で当該特定市街化区域農地等を宅地の用に供するためのもの(当該譲渡につき農地法五条一項三号の届出を要する場合には、当該届出がされた後に行なつたものに限る。)に該当するときは、昭和五〇年分の所得税については、当該譲渡による譲渡所得は、所得税法の規定にかかわらず、他の所得と区分し、百分の一五の税率により所得税を課する旨規定している。

(二) この規定上明らかなように、同条の適用を受けるためには、農地法五条一項三号の届出が適法にされることを要するところ、本件土地の譲渡は、原告と山本建設間でされているにもかかわらず、農地法五条一項三号の届出は、本件土地のうち別紙物件目録四記載の土地について、譲受人押野薫、譲渡人原告として埼玉県知事に対し届出がされて、昭和五〇年三月二八日に受理され、同目録三記載の土地について、譲受人松井繁、譲渡人原告として埼玉県知事に対し届出がされて同年一〇月二五日に受理されている。

(三) 租税法規の適用と解釈は、租税法律主義の原則及び租税法の重要な目的としての租税の負担の公平の実現の見地等から、みだりに拡張解釈し、また、縮少解釈することは許されない。更に、租税法規のこのような適用と解釈における厳格性は、非課税要件規定及び減免税要件規定の場合には、課税要件規定の場合に比較して、その例外規定であることに照らしても、強く要請されるべきものと解すべきである。

そうすると、本件において、譲受人である山本建設の内部事情のため、前記のように押野らの名義を借用したものであつたとしても、これらの名義を記載した届出を農地法所定の適法な届出と解釈して本件土地の譲渡に措置法三一条の二第一項の適用があると解することが許されないことは当然のことである。

(四) したがつて、本件土地の譲渡については、農地法五条一項三号の届出が適法にされていない以上、措置法三一条の二第一項の適用はなく、本件更正処分に違法の点は存しない。

三  被告の主張に対する原告の反論

(一)  本件土地について農地法五条一項三号の届出が被告主張のとおりされていることは認める。しかし、本件土地の実際の譲受人が山本建設であることは何ら変更がなく、単に、山本建設の内部事情によつて、それぞれ押野(山本建設の社員)と松井(山本建設の元請会社の社員)が形式上譲受人になつたにすぎず、これについて原告は関知していない。

(二)  措置法三一条の二の規定の立法趣旨は、一定の市街化区域内の農地にあつては、市街化促進を図るため、宅地の用に供するための譲渡につき、税法上の優遇措置をとることによつて市街化を促進するにあるから、譲渡にさきだち農地転用の届出をしていれば、宅地化した上譲渡されることとなり、市街化の促進をさせるという右の立法目的は全うされる。そして、措置法には、当該譲渡の当事者と農地転用届出の当事者とが同一でなければならないとは定めていない。

被告は、措置法と農地法との整合性を強調するが、そもそも両法は、立法目的も分野も異にする法律であるから、各規定は、その法の目的に照らして解釈すべきものである。措置法三一条の二第一項についても、農地法上の届出を要する場合にあつては、その届出がありえすれば、市街化促進の目的に資されるのであるから、たとえ、実際の譲受人と転用届出の譲受人とがくい違つていたとしても、そのことをもつて適法な届出がなかつたと解することはできない。

(三)  したがつて、本件土地について農地法五条一項三号の届出はされているから、山本建設に対する本件土地の譲渡については、措置法三一条の二第一項の適用を受ける。

第三証拠 <略>

理由

一  原告が昭和四九年一二月一三日山本建設に対して別紙物件目録記載の土地を代金一億三一〇八万八一〇円で譲渡した事実及び請求の原因2から4(確定申告及び不服申告の経緯)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件土地の譲渡について措置法三一条の二第一項が適用されるかどうかについて検討する。

<証拠略>によると、本件土地が特定市街化区域農地の固定資産税の課税の適正化に伴う宅地化促進臨時措置法(昭和四八年法律第百二号)二条に規定する特定市街化区域農地であつて、かつ、農地法四条一項五号に規定する市街化区域内にある農地である事実及び前記原告と山本建設間の本件土地の譲渡が本件土地を宅地の用に供するためにされたものである事実を認めることができる。

また、別紙物件目録四記載の土地について、譲受人押野薫、譲渡人原告として農地法五条一項三号の農地転用の届出が埼玉県知事に対してされ、昭和五〇年三月二八日受理されたこと、同目録三記載の土地について、譲受人松井繁、譲渡人原告として埼玉県知事に対して農地法五条一項三号の農地転用の届出がされ、同年一〇月二五日受理されたことは、当事者間に争いがない。

ところで、農地法五条一項三号の届出は権利移転の法定条件であつて、届出がされることによつて当事者の法律行為が完成し、その法律上の効力たる権利の移転という効果が発生するのであるから、右の届出は、法律行為、すなわち権利の移転の合意をした当事者双方によつてされなければならない。したがつて、本件土地については、山本建設と原告の双方により農地法五条一項三号の届出をするのでなければ、農地法五条一項三号の届出が適法にされたということはできず、前記各届出は、農地法五条一項三号の届出としては不適法である。

次に、措置法三一条の二第一項は、個人がその所有する土地等を譲渡した場合において、その譲渡が特定市街化区域農地等を宅地の用に供するためのものに該当するときは、昭和五〇年分の所得税については、当該譲渡による譲渡所得は、所得税法の規定にかかわらず、他の所得と区分し、百分の一五の税率により所得税を課する旨規定し、さらに、同法で定める所得税率の適用を受ける要件として、かつこ書きにおいて「(当該譲渡につき農地法(昭和二七年法律第二百二十九号)第五条第一項第三号の届出を要する場合には、当該届出がなされた後に行なつたものに限る。)」と規定している。

したがつて、同条は、同条に定める所得税の優遇措置を受けるための要件として、一方において宅地の用に供するための譲渡であることをその要件とすることによつて特定市街化区域農地等の市街化促進の目的の実現を図つているのにもかかわらず、他方では、当該譲渡が農地法五条一項三号の届出を要する場合には予めその届出がされることを要求し、宅地の用に供するための譲渡であつても同条に定める所得税の優遇措置が受けられない場合があることを認めているのであつて、右からすれば、措置法三一条の二第一項の規定は、単に特定市街化区域農地等の市街化の促進を図ることのみをその規定の趣旨とするものではなく、土地政策の一環として農地法の規制目的とも整合性をもつて特定市街化区域農地等の市街化の促進を図ることをその趣旨とするものといわなければならない。

そうすると、措置法三一条の二第一項が適用されるためには、農地法五条一項三号の届出が適法にされることを要すると解するのが相当であり、前記の各届出が農地法五条一項三号の届出として不適法であることは前説示のとおりであるから、右各届出をもつて、措置法三一条の二第一項にいう農地法五条一項三号の届出とみることはできない。

したがつて、本件土地の譲渡について措置法三一条の二第一項は適用されないというべきである。

三  以上の次第で、本件処分において被告が措置法三一条の二の適用を否認したことは正当であつて、他に右処分を違法とする点はない。よつて、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本攻 一宮なほみ 綿引穣)

別紙 物件目録 <略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例